賽は投げられた・・・とにかく「活用推進」なAI法に思う

昨日の参議院本会議で「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」が可決、成立しました。
概ねの報道を見る限り、悪用事業者への国の調査権があること、罰則規定がないことについて取り上げるものが多いようです。

昨年から経済産業省と総務省がAI事業者ガイドラインを策定し、AI活用に関するガバナンスの体制整備について、民間の自発的取り組みを促してきた経緯があるのですが、今回の法整備を見る限り、特に法律で縛っていくという方向性は見受けられません。引き続き、民間の取り組みに期待しているというところでしょうか。

EUのようにリスクに基づいてAIの使用を禁止するような考え方もありますが、日本は活用を推進し、国際競争力の向上につなげたいという立場を明確にしたものといえます。

活用事業者の責務

AI事業者ガイドラインでは、AIの開発者・提供者・利用者のすべてをAI事業者として定義し、ガバナンスの整備を呼びかけています。新法では下記の条文で「活用事業者」と定義しています。

第七条 人工知能関連技術を活用した製品又はサービスの開発又は提供をしようとする者その他の人工知能関連技術を事業活動において活用しようとする者(以下「活用事業者」という。)は、基本理念にのっとり、自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない。

ここで言及されている第4条と第5条は、第3条で掲げる基本理念に基づく国及び地方公共団体の施策のことです。
第3条の基本理念では、基本的にイノベーション創出や国際競争力の向上について述べていて、ガバナンスについては、第3条4で下記のように述べられているに留まります。

人工知能関連技術の研究開発及び活用は、不正な目的又は不適切な方法で行われた場合には、犯罪への利用、個人情報の漏えい、著作権の侵害その他の国民生活の平穏及び国民の権利利益が害される事態を助長するおそれがあることに鑑み、その適正な実施を図るため、人工知能関連技術の研究開発及び活用の過程の透明性の確保その他の必要な施策が講じられなければならない。

この条項に基づく、国や地方公共団体の施策の中には規制に関する内容が入るかもしれませんが、もとの条項がこの程度なので、どちらかと言えば啓発的な内容になるような気がします。

それよりも、「自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努める」ですから、とにかくどんどん使っていこうという姿勢が読み取れます。

国はAIを積極的に活用していく

民間(活用事業者)にAIの活用を期待するだけでなく、国の責務として第4条2にはこのような条項があります。

国は、行政事務の効率化及び高度化を図るため、国の行政機関における人工知能関連技術の積極的な活用を進めるものとする。

ここまで言及されるというのは凄いことではないでしょうか。

国民の責務

第8条には国民の責務が規定されています。ここは、「国民の努力」への修正案が出たようですが否決され、もとの「責務」になっています。

国民は、基本理念にのっとり、人工知能関連技術に対する理解と関心を深めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力するよう努めるものとする。

国民よ、AIに対する理解と関心を深めよう!それが責務だ!と。これもかなり踏み込んだなという印象。

悪用事業者への調査権について

多くのメディアが報道している悪用事業者への調査権についての条文は第16条にあります。というか、もっとしっかり書いてあるのかと思ってずいぶん探しました・・・。たぶん、この条文のことでしょう。

国は、国内外の人工知能関連技術の研究開発及び活用の動向に関する情報の収集、不正な目的又は不適切な方法による人工知能関連技術の研究開発又は活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析及びそれに基づく対策の検討その他の人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に資する調査及び研究を行い、その結果に基づいて、研究開発機関、活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。

たしかに、不正な目的等でのAIの研究開発・活用に関する指導というようにも読めるのですが、どちらかといえばそういう事案の分析とか対策の検討が主眼。それに、全体を読めば、国内外のAI技術の研究開発や活用動向の調査も含まれますし、指導だけでなく助言や情報提供もするという話なので、悪用事業者への調査権だけを取り上げるというのは、ちょっと乱暴な気がします。

とにかくAIイケイケな法律

政府は人工知能戦略本部を立ち上げ、その本部長は内閣総理大臣です。副本部長は内閣官房長官か人工知能戦略担当大臣を充てるとなっています。国として、AIを国際競争力向上のために戦略的に使っていきたい、国自体も民間も積極的に活用していこう!という政府の考え方が表れていると思います。

数えてみると、長くないこの法律に「活用」という言葉が50回、「推進」という言葉が37回出てきています。一方で、「不正」や「不適切」は両方合わせて4回だけです。(参議院の法律案のPDFを参照)

EUとは真逆のこの姿勢が吉と出るか凶と出るか・・・ですが、一日本国民、一AI活用事業者としては、吉と出るように鋭意努力していくしかないと思います。
賽は投げられた・・・で、あります。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社VIVINKO 代表取締役/VIVINKOコンサルティング 代表
経済産業省推進資格ITコーディネータ/ITエンジニア

AI・IoTに強いITコーディネータとして活動していたところ、2017年に北九州市主催のビジネスコンテスト「北九州でIoT」に当時主催していたコミュニティで応募したアイディアが入選。2018年、株式会社ビビンコ(現VIVINKO)を北九州市に設立し、IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発を行う。2024年、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」を開発し、北九州発!新商品創出事業の認定を受ける。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。
一般社団法人IT経営コンサルティング九州(ITC九州)理事